プロフィール

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 1972年11月2日、大阪市生まれ。1991年神戸大学文学部に入学。カリキュラム編成や大学改革問題など、「学生の声を大学運営に」と学生自治会活動にとりくみ、文学部自治会委員長も。

 卒業間近の阪神・淡路大震災では、学生の安否確認や下宿の確保、学費減免などの救援活動に奔走。

 95年大学卒業後、日本共産党兵庫県委員会に勤務、その後約10年間、被災者への個人補償を求める運動や「空港よりも住宅を」と被災者支援の活動とともに、青年運動へ尽力。2004年に参議院選挙では比例代表候補として奮闘。

 2007年、2010年の参院選兵庫選挙区候補、2012年、2014年総選挙比例代表近畿ブロックから立候補。2014年衆議院議員に初当選。この間、医師不足の解決と公立病院を守る運動、郵政民営化に伴う郵便サービス低下を許さないとりくみ、「派遣切り」など青年雇用問題、農林漁業や地域経済の振興、介護と障がい者施策、子育て・教育、震災復興の残された課題、憲法と平和、核廃絶のとりくみ…と、切実な願いの実現へ奮闘。

 とりわけ、2011年の3月11日の東日本大震災以降は、救援ボランティアをはじめ被災者支援と、原発をなくし、自然エネルギーの普及へのとりくみの共同を広げ、子どもたちの未来に原発はいらないと奮闘。

 現在、衆議院議員、厚生労働委員、災害対策特別委員、党准中央委員。家族は妻と05年生まれ、09年生まれの2男。神戸市須磨区在住。地域ではPTA会長も務めた。

堀内照文物語

堀内照文物語(上)

兵庫の参院議席再び 人生変えた阪神・淡路大震災

(06年12月23日付「しんぶん赤旗」関西版掲載記事を転載)

復興市営住宅で被災者と懇談する堀内さん(右)=06年11月30日

復興市営住宅で被災者と懇談する堀内さん(右)=06年11月30日

 07年の参院選(兵庫選挙区)で大沢辰美さんの議席の奪還めざし、奮闘する日本共産党の堀内照文さん。歩みや人柄、活躍を紹介します。

 あの日――。1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災発生。

 堀内さんは、激震地の神戸市灘区のアパートに住んでいました。開かなくなったドアを蹴破って外に出ると、あちこちで助けを呼ぶ声。一階が押しつぶされた近くの学生アパートにかけつけ、付近の人と二階の床をはがして、5人を救出。「無我夢中でした」

 当時、神戸大学4年生で、文学部学生自治会の委員長。神大は、学生と教職員41人が亡くなりました。悲しみを胸に、学生の救援と生活を守るために奔走します。大学当局に、学生の安否確認、被災学生の学費減免などを要請。署名を集め、学費減免を実現しました。

 同自治会が全国からかけつける学生ボランティアの拠点に。その先頭に立って避難所などのボランティア活動にとりくみました。

助かった命がなぜ

 時間がたつにつれて生活再建の遅れが大きな問題に。仮設住宅で孤独死、自殺が続発します。助けようとしない国や兵庫県、神戸市。「震災で助かった命が、なぜ捨て去られるように亡くなるのか。困った人に手をさしのべるのが政治ではないのか」。震えるような怒りを抱いてきました。

 先月末(06年11月)、神戸市垂水区の復興市営住宅で、被災者と懇談しました。「遺体が白骨化」という悲痛な孤独死、その多さ、サラ金の借金、家賃の震災減免打ち切り…。いまも続く深刻な実態が次つぎだされました。堀内さんは、じっくり耳を傾け、被災者の願い実現へ奮闘を誓いました。

 参加した松成秀子さん(65歳)は、「堀内さん自身被災し辛い思いをされたそうですが、だからこそ、私たちの気持ちをよくわかってくれると感じました。被災者の代表としてぜひ国会にいってほしい」と語ります。

大沢議席引き継ぐ

 阪神・淡路大震災が活動の原点の堀内さん。立候補の動機でもあります。

 98年の参院選兵庫選挙区で日本共産党の大沢辰美さん(66歳)が、被災者の期待を受け当選。国会で、被災者の声を届け続け、要求を多数実現します。個人補償を訴え、不十分ながら住宅再建支援制度を実現させました。

 05年1月、その大沢さんと党県委員会から、「参院選挙区の候補者に」と要請されました。「僕自身、大沢さんの議席を守らねばと強く思っていました。僕でできるのか迷いましたが、挑もうと」と堀内さん。「被災者の思いがつまった大沢さんの議席。何としても引き継がなくては」と決意を固めました。

 大沢さんは、「よく勉強し、誰からも好かれる。体験してない分野でも、どん欲に実践し学ぼうとする、すばらしい候補者です」と。「住宅再建支援制度をつくるまではできましたが、住宅本体は対象外など悔しさが残ったまま。比例の山下さんとコンビで、苦しむ被災者を助けることと、この改善を、ぜひ堀内さんがやりとげてほしい」(つづく)

堀内照文物語(中)

兵庫の参院議席再び 頼れる青年の代表

(06年12月24日付「しんぶん赤旗」関西版掲載記事を転載)

青年雇用アンケートへの協力をよびかける堀内さん(左)=神戸市三宮

青年雇用アンケートへの協力をよびかける堀内さん(左)=神戸市三宮

 「仕事がないのは自分のせいではありません。将来ある若い世代が未来に希望が持てない。こんな日本でいいはずないではありませんか」

 街頭での訴えに、力がこもります。

 1972年、大阪市住吉区生まれ。高校一年生で民主青年同盟に加盟し、今日まで青年運動に打ちこんできました。

昼休み短縮を阻止

 高校では平和運動に参加。進学した神戸大学では、一年生で教養部学生自治会の委員長に選ばれ、文学部に進学後も自治会委員長をつとめます。大学一年の5月に日本共産党に入党しました。

 大きなたたかいになったのが、92年の教養部廃止の問題です。大学側は、教養部廃止とともに、昼休みを半分にすることまで考えていました。堀内さんらはこの計画をビラなどで徹底して学生に知らせました。学生の大きな反対世論が起き、昼休み短縮は撤回させました。

 神大文学部で一年上の津田圭一さん(35歳)=法律事務所勤務=は、「彼は押しの強いリーダーというタイプでなく、まわりが彼の誠実さを信頼してついていくという感じでした。何事も一生懸命でよく勉強して、親切。女子学生に人気がありました」とふり返ります。

 阪神・淡路大震災の年の95年から日本共産党兵庫県委員会に勤務。青年学生部の任に就き、民青同盟や学生党支部を援助しながら、平和運動や就職難打開などの運動を一緒にすすめます。「展望ある生き方をともに」と、多くの青年と人生や未来を語り合ってきました。

雇用に正面からに

 そんな堀内さんに、青年からよく相談が寄せられます。

 「九条の会青年兵庫」代表の井澤美穂さん(31歳)は、昨年(05年)8月、原水禁世界大会からの帰りの船で、居合わせた堀内さんと4時間話しました。

 「一緒に活動している彼と結婚を考えていましたが、頼りなくみえるときもあって、結婚しようか悩んでいた」といいます。「堀内さんは、『結婚相手は、こうあってほしいとか自分が求めるだけでなくて、一緒に高め合っていける関係であることが大事では』と。すごく楽になりました。よく勉強していて、何でも話せて居心地のいい彼のよさを気づかされたようでした」。そしてゴールイン。「この人でよかったなぁと思っています。堀内さんには本当に感謝しています」

 いま、青年の非正規雇用が大問題になっています。堀内さんはこの問題に正面からとりくんできました。青年雇用アンケートを集める先頭に立ち、解決のための提言を作成。社会的批判を受けている「偽装請負」でも、松下プラズマ尼崎工場などの問題を追及。「人間らしく働けるルールの確立で、青年が安心できる雇用と労働条件を」。青年の代表、堀内さんが走ります。(つづく)

堀内照文物語(下)

兵庫の参院議席再び 県民の願いを胸に

(06年12月26日付「しんぶん赤旗」関西版掲載記事を転載)

福祉施設で懇談する堀内さん=神戸市西区

福祉施設で懇談する堀内さん=神戸市西区

 「期日までに郵便物が届くのか」「郵政公社から返事が返ってこない。納得できない」

 郵便局の集配業務が来年(07年)3月に廃止されようとしている淡路島南の離島、沼島。堀内さんは9月、連合自治会長、老人会長、婦人会長らと懇談しました。次つぎとでる怒りの声。同島では、有権者数に匹敵する存続要求署名が集まっています。堀内さんは激励し、「廃止撤回に全力をあげます」と約束しました。

 郵政民営化で県内29局で集配業務が廃止される問題で、堀内さんは、16局を訪問して14人の郵便局長と対話を重ね、住民の声も聞いてきました。郵政公社との交渉で、寄せられた声をぶつけ、廃止を撤回せよ、サービス低下やめよと迫りました。こうしたなか、沼島局では、不在時の郵便物を従来通り局に置いておくことなどが決定。ある有力者は、「おたくらががんばってくれたからや」

声届けてくれる

 県民の願いを胸に、広い兵庫をかけめぐる日々。自民党の支持基盤だった諸団体や保守層ともおう盛に対話し、共同の輪が広がっています。

 医師不足問題で、但馬地域の9つある公立病院のうち8人の院長と懇談しました。上京して省庁を訪れ、また県庁に足を運んで、「命に格差があってはならない」と交渉してきました。医師会や農協、森林組合、障害者施設、学校や教育団体など幅広く訪問し、懇談しています。

 九月に堀内さんと会った前・一宮町議(保守系)の川原正文さん(59歳)は、「堀内さんは、私たち住民の声を聞いて、国に届けてくれる。非常にうれしいですね。それができるのは共産党しかない。私は自民党ですが、自民党にいっても上に届きません。ぜひがんばってほしい」といいます。

 「痛感するのは、医療、教育、郵政、雇用、障害者支援…どの分野でも戦後国民が苦労して築いてきたものが、この間の自民党政治によって全部崩されていることです。そして、本当に暮らしが大変です。憲法と平和を守ってという願いも強い」と堀内さん。「自民党を支持していた人たちも含めて、いく先々で政治への怒り、日本共産党と私への強い期待が寄せられます」

必ず勝ちぬいて

 家族は、三年間の遠距離恋愛を実らせた妻の由紀さん(31歳)と、一歳3カ月の拓明君。休日は、つくりおきできる料理をたっぷりつくります。拓明君と一緒に風呂に入るひとときが楽しみです。

 ロック、ジャズなど音楽通。沖縄の三線(さんしん)の演奏も好きですが、最近演奏できないのが辛い。

 堀内さんはいいます。「『若いから、2回、3回やって通ればいい』と善意でいってくれる人もいますが、そうではないんですね。『あんたらだけが頼りや』という痛切な声を前に、3年、6年待ってくれとはいえません。広範な有権者からは『今回必ず議席をとってくれ』といわれます。何としても勝ち抜きます」(おわり)