コラム

2016年08月23日
 

南の島で迎えた71年目の夏

IMG_3255 先日まで、夏休みをいただき、家族で有人島最南端となる波照間島へ行ってきました。

 今年の8月15日はちょうど波照間へ向かう日となりました。

 71年前、この島にも戦争の惨劇がありました。

 島の国民学校に赴任した青年教師が陸軍中野学校出の軍人で、ある日突然軍刀を振りかざして西表島への全島民避難を命じたのです。当時の西表は東南部を中心にマラリアの有患地。

 その理由は、表向きは「米軍が上陸する」というものでしたが、実際には島の家畜等を日本軍の食糧として調達するためでした。多くの家畜が、島民不在のなか屠殺されたといいます。

 西表での避難生活で多くの島民がマラリアに感染し、学校長を先頭にした島民の抵抗、抗議もあり、ようやく帰島、終戦を迎えるも、悲劇はこれで終わりませんでした。IMG_3297

 戦後も、マラリア感染が拡大。しかも、島には何の食糧もありません。およそ1600人いたほとんどの島民が感染し、500人近い方が亡くなりました。

 私たち家族が島に行くたびに、いつも「ご飯を食べにおいで」とよくしてくださっている女性も、母親を感染から1週間で亡くしたといいます。当時はまだ幼少でしたが、赤ちゃんだった妹をおぶって、お乳を飲ませてくれる人を探し歩いたといいます。しかし、その赤ちゃんも亡くなってしまいました。

 今回、お会いした際に、たまたま戦争中の話題になって、初めて聞いたお話でした。いつも明るいこの方の目から光るものが。

IMG_3293 ちょうど今回島に伺ったのは旧盆の時期にあたり、各家庭のご先祖様の供養の行事がさまざまおこなわれていました。島のこうした行事に立ち会うのは初めての経験でしたが、特別の感慨をもって参加させていただきました。戦さ世(いくさゆ)を繰り返させてはならないとの強い決意とともに。