発言する加藤さん
 今日は、先日、不起訴をかちとった神戸市西区でのポスター弾圧事件の報告集会に参加。
 集会では、あらためて事件の経過、たたかいの教訓が報告されました。


 公選法145条第1項に違反するとして逮捕されましたが、ポスターを信号柱などに掲示してはならないとするこの項目で、逮捕や起訴された例は、少なくとも検察官自身、記憶がないと述べていたほど異常なことです。


 こうした不当な弾圧を許さず、不起訴をかちとった力は、なんといっても、ご本人が黙秘をつらぬきとおしたことが最大の教訓で、「黙秘は天国、供述は地獄」と語っていました。警察や検察の筋書きとおりの供述書にサインでもしていようものなら、裁判となり、それが証拠とされますので、くつがえすのはなかなかの困難。また、他にも被害を拡大させないためにも黙秘は重要です。


 また、市民的な反撃、支援の広がりも重要で、勾留開示裁判に大法廷の定員を大きく超える250人の傍聴者がつめかけ、裁判長をして「みなさんの熱意は分かりました」と言わしめたことが、大きな転機となりました。それまで、「不起訴は難しい」などといっていた検察官も、裁判の翌日「昨日はすごかったそうですね」と述べたといいます。
 連日の抗議行動には、近隣にも迷惑がかかります。苦情を受けとめ、市民的に理解をされるような抗議行動への工夫もこらすなか、苦情もなくなり、不起訴を喜ぶ声も近隣からよせられました。


 そして、こうした弾圧への最大の反撃は、日本共産党の前進で政治を変えること。いっせい地方選挙やきたる国政選挙での巻き返しを!と決意をあらたにしました。


○ヘーゲル著『自然哲学』(岩波書店)、繁沢敦子著『原爆と検閲』(中公新書)を読む。
 ヘーゲルが、当時の自然科学の到達を縦横に駆使しているのが印象的でした。そこにあるのは、かぎりなく唯物論者に近いヘーゲルの姿でした。ヘーゲルが観念論者であることは間違いありませんが、それは当時の自然科学の到達の限界などからくるもので、自然科学の諸成果を吸収しようとする研究態度や博識ぶりは学ぶところが多いです。また、そこにヘーゲル弁証法の値打ちもあるのだと思いました。
 『原爆と検閲』は、被爆約1ヵ月後のヒロシマ、ナガサキに入ったアメリカ人ジャーナリストの行動や報道をあとづけて、検証しています。今でいう残留放射能の被害について、打ち消そうとするアメリカ政府当局の圧力と、検閲が、その圧力だけではなく、ジャーナリズム自身による自主的な「検閲」も働いたとの指摘は、ジャーナリズムのあり方として、今日的にも考えさせられるところです。