この間、堤未果著『ルポ貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書)、清水康之、湯浅誠著『闇の中に光を見いだす』(岩波ブックレット)、金子勝、橘木俊詔、武者陵司著『グローバル資本主義と日本の選択』(岩波ブックレット)を読む。
堤未果氏の著書は、前回に引き続き、アメリカ社会の実相がよく分かるものとなっています。
清水、湯浅両氏は、それぞれ自殺問題、貧困問題にとりくむなかで、この間、参事として政府にもかかわってきた方々。年末年始の“公設派遣村”にいたる舞台裏など興味深く読みました。現場主義をつらぬく両氏ならではの対談です。
それにくらべると、3者によるシンポジウムの記録である最後の書は、最後までかみあわず「選択」がすっきりみえないものとなっているように思います。
特に武者氏の主張は、「労働賃金が…低下することによって」「デフレが定着した」ところに日本が貧困におちいった原因を求めながら、その打開策について「グローバルな繁栄を享受し得るようなポジショニングをそれぞれの個人や経済主体が行ない、それをさまざまな制度の改革によって、自由に行なえるようにする。制度や政策がそれを邪魔しない」(さらなる規制緩和を求める?)とか、「資本主義のメカニズムが再構築され、信用創造がふえることが重要だ」「最後のパニックになったときには中央銀行や政府の役割が果たされると思いますが、そうでなければ市場がより効率的な資本の配分を行ない、リスクキャピタルの提供を行なう。…そういう方向に日本を変えていくこと以外にない」「トリクルダウン理論で言えば、金融的な収益を日本において実現するという一つのチャンネルをもう一度再構築するところから、物事の好循環が始まり得るのではないか」と語るなど、金融資本のさらなる自由な動きを求めています。
これでは実体経済とはかけ離れた金融資本の暴走を食い止めるどころか、さらに野放図になってしまいます。堤氏の著書でも明らかにされていますが、実体経済のうえでもクレジット・借金によって消費が支えられたアメリカ資本主義に、「金融工学」を駆使して種々の金融商品を生み出すことで“金融バブル”が組織され、矛盾がさらに拡大し、ついにそれらのバブルが大崩壊したのが、今回の経済危機ではなかったでしょうか。ここへの深い反省なしには、経済の再生への道は見えてきません。
清水、湯浅両氏は、それぞれ自殺問題、貧困問題にとりくむなかで、この間、参事として政府にもかかわってきた方々。年末年始の“公設派遣村”にいたる舞台裏など興味深く読みました。現場主義をつらぬく両氏ならではの対談です。
それにくらべると、3者によるシンポジウムの記録である最後の書は、最後までかみあわず「選択」がすっきりみえないものとなっているように思います。
特に武者氏の主張は、「労働賃金が…低下することによって」「デフレが定着した」ところに日本が貧困におちいった原因を求めながら、その打開策について「グローバルな繁栄を享受し得るようなポジショニングをそれぞれの個人や経済主体が行ない、それをさまざまな制度の改革によって、自由に行なえるようにする。制度や政策がそれを邪魔しない」(さらなる規制緩和を求める?)とか、「資本主義のメカニズムが再構築され、信用創造がふえることが重要だ」「最後のパニックになったときには中央銀行や政府の役割が果たされると思いますが、そうでなければ市場がより効率的な資本の配分を行ない、リスクキャピタルの提供を行なう。…そういう方向に日本を変えていくこと以外にない」「トリクルダウン理論で言えば、金融的な収益を日本において実現するという一つのチャンネルをもう一度再構築するところから、物事の好循環が始まり得るのではないか」と語るなど、金融資本のさらなる自由な動きを求めています。
これでは実体経済とはかけ離れた金融資本の暴走を食い止めるどころか、さらに野放図になってしまいます。堤氏の著書でも明らかにされていますが、実体経済のうえでもクレジット・借金によって消費が支えられたアメリカ資本主義に、「金融工学」を駆使して種々の金融商品を生み出すことで“金融バブル”が組織され、矛盾がさらに拡大し、ついにそれらのバブルが大崩壊したのが、今回の経済危機ではなかったでしょうか。ここへの深い反省なしには、経済の再生への道は見えてきません。












