活動記録

2016年12月22日

第56回クリスマス闘争市民集会

  神戸でのクリスマス闘争市民集会に参加しました。

  変わった名前の集会ですが、これは戦後、米軍に神戸港が接収され基地になったことにさかのぼります。

  当時の神戸では、いまの沖縄等と同様に、米兵が休暇になれば街に繰り出し、市民との間に様々なトラブルを起こしていました。せめて、クリスマスくらいは静かな夜をと、市民集会がもたれたのが始まりです。1961年12月24日のことでした。

  このたたかいが大きく発展し、1974年に米軍基地撤去、1975年に神戸市議会での、核兵器を搭載する艦船の入港を拒否する非核「神戸方式」の採択に至りました。

  米軍は核搭載については、否定も肯定もしないという政策をとっているため、それ以後、米軍艦の寄港は今に至るまで一度もありません。それまではダントツで神戸港が使われてきましたので、非核「神戸方式」の威力は抜群です。市民の運動の力で、神戸港が米軍の一大出撃拠点から、平和の港に生まれ変わったのです。ニュージーランド政府がこれを参考に非核政策を取っているくらい国際的にも注目されています。

  それ以前にも神戸港には戦争の悲劇がありました。戦時中、多くの民間の商船が徴用され、14歳という若い船員、乗員も含め、多くの犠牲がありました。神戸港近くの全日本海員組合の会館にはその資料館があります。

  その神戸港が戦後は米軍基地にされ、港湾労働者が米軍の荷役に駆り出されていたのです。

 奇しくもこの日は、沖縄北部訓練帯の「返還」式典。先日のオスプレイの墜落と、原因究明もないまま、わずか6日後に飛行再開。「返還」といっても、住民により近いところへのオスプレイパッドの新設と、基地の強化、住民負担増に他なりません。「オール沖縄」をオールジャパンの運動へ。雨の中、コールしました。img_3619