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2008年10月12日
須磨区女性ラリー宣伝に息子も登場
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今日は、兵庫県生活と健康を守る会の定期大会に参加した後、地元須磨区の女性後援会のみなさんとともにラリー宣伝。自宅近所のスーパー前でも訴え。
ここには、妻と息子もやってきました。息子はなぜか私がマイクを握って話をしているのが面白いみたいで、手をたたいて笑っていました。
○この間、マルクス・エンゲルス全集第7巻読了。この巻には、「フランスにおける階級闘争」など、マルクスやエンゲルスが史的唯物論の見地で現実社会の変革にとりくんだ跡が、刻まれています。各党派のスローガンだけではつかめない政治闘争の動向も、それぞれの党派の階級的基盤から説明されており、的確に把握されていきます。
また、それにとどまらず、この見地が、現実の社会変革の運動の中で、その前進的・発展的方向はどこにあるのか、その大局的方向を示す強力な武器となり、的確な方針提起を可能にし、情勢と運動を切り開く力を発揮していることも重要だと思いました。例えば、1848年革命で敗北したドイツ・プロレタリアートにとって何が必要か――「労働者が最後の勝利を得るためには、彼ら自身がいちばんに努力しなければならない。すなわち、自分の階級利益を明らかに理解し、できるだけはやく独自的な党的立場を占め、一瞬間といえども民主主義的小ブルジョアの偽善的な空文句にまよわされずに、プロレタリアートの党の独立の組織化をすすめなければならない。彼らのたたかいの鬨の声はこうでなければならない――永続革命、と」(1850年3月の中央委員会の同盟員への呼びかけ)。
さらには、そのなかでもとりわけ弁証法的な見地の重要性について、いたく学ばされました。「フランスにおける階級闘争」の冒頭の次の一節は、不破哲三さん(社会科学研究所所長)も、「階級闘争の弁証法」として強調されていました。
「一言でいえば、革命は、その直接的な、悲劇的な諸成果によって、その前進の道をきりひらいたのではなく、逆に、結束した強力な反革命をうみだしたことによって、つまり、それとたたかうことによりはじめて転覆の党がほんとうの革命党に成長することができるところの一つの敵をつくりだしたことによって、前進の道をひらいたのである」。
続く本文のなかでも、「反革命は強力に中央集権化をおこなった」が、「すなわち、それは革命の機構を用意した」、「農民の不動産所有権は、資本がこれまで農民を呪縛していた護符であり、資本が農民を産業プロレタリアートにたいしてけしかけた口実である。資本の没落のみが、農民を向上させ、反資本主義的政府、プロレタリアの政府のみが、農民の経済的悲惨とその社会的地位の低下を打破することができる。立憲共和制、それは連合した農民搾取者の権力であり、社会=民主主義的共和制、すなわち赤色共和制は、農民の同盟者の権力である」、「プロレタリアートは、ますます革命的社会主義のまわりに、すなわち、ブルジョアジー自身がそれにたしいてブランキなる名称を考えだした共産主義の周囲に結集しつつある。この社会主義は、革命の永続宣言であり、階級差異一般の廃止に、階級差異の基礎であるいっさいの生産関係の廃止に、これらの生産関係に照応するいっさいの社会関係の廃止に、そしてこれらの社会関係から生じるいっさいの観念の変革に到達するための必然的な過渡点としてのプロレタリアートの階級的権力である」と、そのさまがダイナミックに明らかにされています。
ときどきの政治闘争の局面、局面でその前進的方向はどこにあるのかについて、弁証法的な見地でみごとに解き明かしたと思うのは、「10時間労働問題」の次の一節です。
「ところで、この10時間労働法が失われるとしても、労働者階級は、それにもかかわらず、この件での利益者となろう。…その理由――
第一は、このようの多年にわたる10時間労働法のための運動に費やされた時間と努力は、たとえその直接の目標が挫折した場合でも、そのまま失われてしまいはしない。労働者階級はこの運動において、おたがいに知り合い、自分たちの社会的地位とその利害関係を認識するようになり、組織をつくり、自分たちの力を自覚するようになるための有力な一手段を見いだした。このような運動をとおってきた労働者は、もはやかつての労働者ではない。労働者階級全体は、この運動を体験して以後、それ以前にくらべて百倍も強力となり、知識を得、組織の強化をみている。…それは、…やがては、第一身分となるであろうところの、力強い集合体である。
第二に、労働者階級は、経験をつうじて、彼らは他人によっては、どのような恒常的利益をも獲得できない、彼らは、なによりもまず、政治権力を掌握することによって、それを、みずから獲得しなければならない、ということを知ったであろう。彼らはいまや、労働者の多数を下院におくることを可能にする普通選挙権によらないかぎり、彼らの社会的地位の改善のための、どのような保証もけっして存在しない、ということを知らなねばならない。このようにして、10時間労働法の破棄は、民主主義運動に大きい利益をもたらすものとあろう」など。
投稿者 teruhoriuchi : 2008年10月12日 23:15
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