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2008年08月02日

“国会へ殴りこみに行く気持ちで参加した”~日本農業の再生を考える丹波シンポジウムに200人を大きく越える熱気

パネリストのみなさん
 今日は、日本農業の再生を考える丹波シンポジウム。
 今日のタイトルにつけた引用は、今日のシンポで参加者からの発言で、出されたもの。曰く「漁業関係者はいっせい休漁もしてたたかっている。われわれも声をあげなければ。今日は、本当は農作業で忙しいが、農家が一丸となって国会へ殴りこみに行かなあかん。そのことを何としても言いたくて参加した」と。この発言にはフロアからも大きな拍手が。この間、今日の集会の成功に向け、丹波市、篠山市の両市に出向いて活動もしてきましたが(ここここ)、今日の集会は、立ち見が出るほどの盛況で、農業再生への熱気あふれる集会となり、私も胸が熱くなりました。

あいさつする瀬戸さん
 瀬戸恵子衆院比例近畿ブロック予定候補が主催者あいさつをしたあと、来賓として辻十五郎丹波市長(代理で副市長)のあいさつ、酒井隆明篠山市長のメッセージも紹介されました。
 高橋ちづ子衆院議員が基調講演をし、農業再生プランについて、この間の全国でのシンポジウムのとりくみの成果も踏まえて報告されました。


 その後、金田峰生衆院近畿ブロック予定候補がコーディネーターで、荻野友喜・JA丹波ひかみ常務理事、君塚昌俊・NPO法人「いちじま丹波太郎」事務局長、芦田浅巳・東芦田営農組合長、福元孝子・社会福祉法人「太陽(ひかり)の子保育園」前園長をパネリストに向かえ、ディスカッション。


 荻野さんは、「これまで農業を支えてきたのは昭和一ケタ世代と兼業農家。人口も、集落も、担い手も減少。世界では食糧危機。自国の農業守ろうという流れ。これまでのように日本が経済力に物を言わせて世界から農作物を買えるような状況ではない。(政府などは)企業参入というが、外部からではなく、地域社会から担い手が育ってこそだ。農政の基本を定めなおして、農業を守るルールを確立しなければやっていけない」とおっしゃいました。実際、JA丹波ひかみ管内でこの10年間、農地で410ha、戸数で1032戸、収入にして約12億円の減少です。生産者米価は、兵庫県内のうるち米の平均が6802円(30k)に対して生産費は8412円で赤字です。丹波ではブランド化の努力をしても、コシヒカリで7100円、産地特定契約のコメで7800円です。
 さらなる輸入自由化を押し付けようとしたWTO交渉が決裂したことについて、「悪い約束ならしない方がいい」ときっぱり述べられ、会場も拍手でこたえる一幕も。
 営農組合など、経営できる努力をするとともに、「JAだけの努力では解決は無理。農政に頼るしかない。今のままでは集落も地域も崩壊する。声をあげ、国に対して要請をしなければ。『プラン』そのものが農家の声であり、叫びだ」とまで発言されました。


 他、君塚さんからは食育などの教育も含めて取り組みを強めてこそ国民的理解も得られること、自給というなら、野菜の種がほとんど輸入に頼っている実態にもメスを入れることの重要性が語られ、芦田さんからは集落営農組織を立ち上げ、収入面と人手の面の両面で苦労があること、コストに見合う米価をと強調されました。福元さんからは、保育所でのこどもの様子からみて安心・安全な食べ物をと報告されました。


 この後のフロアからの発言も、冒頭に紹介したように“熱い”思いがこもごも語られ、農政の転換を!との熱気あふれる集会でした。


 このみなさんの思いとともに、政治の中身をしっかりと変えるために、さらに力を尽くしていきたいと思います。


○マルクス・エンゲルス全集第4巻読了。『共産党宣言』などが収録されています。史的唯物論の立場を確立し、経済学研究も本格的にとりくんだ成果も(「哲学の貧困」など)。また実践的には、民主主義を求めて運動を展開しているさまも反映した論考が(「共産主義の原理」など)。『共産党宣言』では、まだ不十分ながら、未来社会論の豊かな展開も。
 今回、注目したのは、プルードン批判を展開した「哲学の貧困」からの一節。
 「歴史が前進し、それとともにプロレタリアートの闘争がより鮮明な輪郭を示すにつれて、彼らが彼ら自身の頭で科学を探求することはもはや必要でなくなる。彼らは彼らの目のまえで起こることを了解し、その器官となりさえすればよいのである。彼らが科学を探求し、もろもろの体系だけをつくっているにすぎないかぎり、彼らが闘争の端緒にあるかぎり、彼らは貧困のなかに貧困だけを見て、そのなかに、やがて旧社会をくつがえす革命的破壊的側面を見ないのである。〔プロレタリアートの闘争がより鮮明な輪郭を示すようになった〕そのとき以後、歴史的運動によって生み出されたところの、しかも完全に原因を自覚してそれ〔歴史的運動〕と結合した科学は、空理空論的なものであることをやめて、革命的なものとなったのである。」
 プルードン批判との対比で、マルクスらの科学の立場がはっきりと示されていると思いました。

投稿者 teruhoriuchi : 2008年08月02日 23:41

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