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2008年06月30日

世界で一番小さな博物館

世界で一番小さな博物館KAYARI MUSIUM
 この間、「しんぶん赤旗」のおすすめなどで各地をまわっていますが、先日うかがった三田市で、大変めずらしい場所に出会いました。(写真がその一部です。なんだか分かりますか?)

 その名も、「KAYARI MUSIUM」。KAYARIとは、蚊遣りのことで、江戸時代から今日までの蚊取り線香にまつわるものなら何でも展示されています。何でも、世界一小さな博物館だとのことで、ドイツからも取材があったといいます。館長であるご主人はご不在でしたが、奥様に少し案内していただきました(奥様もお茶の先生で文化人でした)。


 以前、瀬戸恵子さんと姫路にうかがったときに立ち寄った旧香寺町にある「玩具館」も、個人でやられているとは思えないほどの、本格的なもので驚きましたが、この蚊遣り博物館も、江戸時代の蚊取り線香を製作する工作機のようなものから、時代時代の広告など、なかなか貴重なものが多くありました。


○マルクス・エンゲルス全集第2巻読了。この巻で一番注目したのは、マルクスとエンゲルス二人の初の共同の著作『聖家族 別名 批判的批判の批判 ブルーノ・バウアーとその伴侶を駁す』です。エンゲルス自身が、「フォイエルバッハを越えてフォイエルバッハの立場をこのように(いわば科学的社会主義の立場へ――堀内)進展させることは、1845年に、マルクスによって『聖家族』のなかで開始された」(『フォイエルバッハ論』)と評されている文献です。
 「バウアー氏は、いまやすべての領域で、実体にたいする彼の対立を、自己意識あるいは精神なるものにかんする彼の哲学をつらぬいている」と批判するように、ヘーゲル哲学をもてあそんで、思弁にふけるバウアーを唯物論の立場から痛烈に批判しています。そのことが一番明確にあらわれていると思ったのが以下の部分です。
 「批判的批判(バウアーらの立場)にしたがえば、すべての害悪は労働者の『思考』だけにある。…
 彼ら(労働者)は存在と思考のあいだの、意識と生活のあいだの区別を痛切に感じている。彼らは、財産、資本、貨幣、賃労働などが、けっして観念上の妄想ではなく、彼らの自己疎外の、非常に実践的に対象的な産物であり、したがって、思考や意識のうちだけでなく、大衆的存在、生活のうちで人間が人間となるためには、これらのものが実践的、対象的な仕方で揚棄されなければならぬことを知っている。…現実のうちにカテゴリーしかみない『精神』なるものは、とうぜんのこととして、一切の人間的活動と実践を、批判的批判の弁証法的思考過程に化している。このことこそ、彼らの社会主義を大衆的社会主義と共産主義から区別するものである」。
 ただ文献は膨大な量に及びます、どこまで理解できたかはまったく自信がありませんが、「ヘーゲルは、非常にたびたび、思弁的叙述の内部で、現実的な、事そのものをとらえる叙述をしている」とのくだりは、バウアーとの対比でヘーゲルをどう学ぶのか、興味深い記述だと思いました。

投稿者 teruhoriuchi : 2008年06月30日 22:32

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