<< 13年目の1・17 | メイン | 国労新年旗びらき&宝塚・武庫川後援会 >>
2008年01月18日
伊丹新春のつどいで講演
この間の新春のつどいでは、昨年、お世話になった方々と再開できる場ともなっています。「よう分かる話やった」、「だいぶ貫禄ついてきたなあ」など、たくさんの激励もいただきました。
○ヘーゲル著『精神の現象学』(岩波書店)上、竹田青嗣、西研著『完全解読ヘーゲル「精神現象学」』(講談社)、マルクス、エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』(新日本出版社古典選書)をそれぞれ読了…正月以降、少しずつ読みすすめとりあえずの一区切り。ヘーゲルにあっては、「主体」と「客体」が一体のものとして位置づけられ、「精神」、「理念」が自己運動するものとして語られ、非常に難解です。しかし、あわせて読んだマルクス、エンゲルスの『ドイツイデオロギー』のなかのフォイエルバッハを批判したくだりで、「フォイエルバッハの感性的世界の『把握』は、一方では、それのたんなる直観に、他方では、たんなる感覚にかぎられており、『現実的で、歴史的な人間』のかわりに『人間というもの』をおく」というものがありました。つまり、われわれが把握しなければならないのは、抽象的な「人間」などではなく、具体的な「現実的で、歴史的な人間」であると、私は理解しました(ほかにも、「『解放』は歴史的な事業であって、思想の事業ではない」など同様の指摘は多数)。ここに、ヘーゲル哲学をどう読むのか(マルクすらがどう乗り越えたのか)のヒントがあると思いました。この視点で、ヘーゲル弁証法を、ヘーゲルから直接読むことにも挑戦していきたいと思いました。
投稿者 teruhoriuchi : 2008年01月18日 23:25
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.teru-horiuchi.com/mt-tb.cgi/372
コメント
コメントしてください
サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)



