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2007年08月09日
ナガサキの日&党創立85周年記念講演
今日は、東京で、党創立85周年記念講演があり、私は、CS衛星通信により、事務所で視聴しました。
志位和夫委員長の講演(「参院選の結果──政治の展望と日本共産党の役割」)と不破哲三前議長の講演(「日本共産党史85年と党発展の現段階」)については、共産党のHPで、動画で見れます。
記念講演では、国民が自民党政治にNO!の審判を下した参院選の結果と、国民が新しい政治を模索する時代に入った意義、そしてこの国民的模索とのかかわりで、いまの政治のゆきづまりを打開する道を示している綱領をもつ日本共産党の役割、値打ちがますます光っているし、重要であることについて、深い確信になりました。
まじめに国民の利益を追求すれば、いまの“大企業中心・アメリカ言いなり”政治にぶつからざるをえないし、これをとりのぞくことが課題にのぼる――新しい政治とは何かの国民的探求、政治的経験の一つひとつを通じて、必ず党綱領との接近がある――85年の党史から、不屈の意志、開拓と探求の精神とともに、この、困難なときも未来を広い視野で見定める革命的大局観をしっかりと学び、受け継いで奮闘したいと決意を新たにしました。
また、今日は、長崎に原爆が投下された日。長崎でおこなわれた式典での平和宣言を最後に掲載させていただきます。この間、原水爆禁止世界大会に参加し、核廃絶を訴えた伊藤一長前市長の姿がまぶたに浮かびます。伊藤前市長が4月の選挙のさなかに凶弾に倒れたことは、本当に残念でなりません。宣言でもこのことにふれ、力強く核廃絶を訴えています。
○小田実著『9.11と9条』(大月書店)読了…先日亡くなった小田氏の1960年代からの平和論集。氏自身が述べているように、冒頭の「『九・一一』と『九条』」という本書の「根幹」となる論文からはじまり、「私の平和にかかわっての認識と思考の集大成となる『平和論集』」という部分と、「博物館の陳列のような回顧文集ではない。現代――『九・一一』以後の現代にそのままむき合う、むき合い得る、そうあることを期して文を選び、かたちづくった論集である」という部分からなる、なかなか読み応えのある本でした。
1945年8月14日の大阪大空襲の強烈な体験、早い時期から、戦争を被害の側面からだけでなく加害の側面からとらえていた視点、「憲法『今こそ旬』」と言い切る理性と感性、ベトナム反戦から被災者支援まで「市民」の立場で運動を貫いた立場…刺激の多い本でした。
【長崎平和宣言】
「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」
原子爆弾の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、12年前、就任まもない伊藤一長前長崎市長は、国際司法裁判所で訴えました。本年4月、その伊藤前市長が暴漢の凶弾にたおれました。「核兵器と人類は共存できない」と、被爆者とともに訴えてきた前市長の核兵器廃絶の願いを、私たちは受け継いでいきます。
1945年8月9日、午前11時2分、米軍爆撃機から投下された1発の原子爆弾が、地上500メートルで炸裂しました。
猛烈な熱線や爆風、大量の放射線。
7万4千人の生命が奪われ、7万5千人の方々が深い傷を負い、廃墟となった大地も、川も、亡骸で埋まりました。平和公園の丘に建つ納骨堂には、9千もの名も知れない遺骨が、今なお、ひっそりと眠っています。
「核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反する」という、1996年の国際司法裁判所の勧告的意見は、人類への大いなる警鐘でした。2000年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、核保有国は、全面的核廃絶を明確に約束したはずです。
しかしながら、核軍縮は進まないばかりか、核不拡散体制そのものが崩壊の危機に直面しています。米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有5か国に加え、インド、パキスタン、北朝鮮も自国を守ることを口実に、新たに核兵器を保有しました。中東では、事実上の核保有国と見なされているイスラエルや、イランの核開発疑惑も、核不拡散体制をゆるがしています。
新たな核保有国の出現は、核兵器使用の危険性を一層高め、核関連技術が流出の危険にさらされています。米国による核兵器の更新計画は、核軍拡競争を再びまねく恐れがあります。
米国をはじめとして、すべての核保有国は、核の不拡散を主張するだけではなく、まず自らが保有する核兵器の廃絶に誠実に取り組んでいくべきです。科学者や技術者が核開発への協力を拒むことも、核兵器廃絶への大きな力となるはずです。
日本政府は、被爆国の政府として、日本国憲法の平和と不戦の理念にもとづき、国際社会において、核兵器廃絶に向けて、強いリーダーシップを発揮してください。
すでに非核兵器地帯となっているカザフスタンなどの中央アジア諸国や、モンゴルに連なる「北東アジア非核兵器地帯構想」の実現を目指すとともに、北朝鮮の核廃棄に向けて、6か国協議の場で粘り強い努力を続けてください。
今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけではなく、その法制化こそが必要です。
長年にわたり放射線障害や心の不安に苦しんでいる国内外の被爆者の実情に目を向け、援護施策のさらなる充実に早急に取り組んでください。被爆者の体験を核兵器廃絶の原点として、その非人道性と残虐性を世界に伝え、核兵器の使用はいかなる理由があっても許されないことを訴えてください。
爆心地に近い山王神社では、2本のクスノキが緑の枝葉を大きく空にひろげています。62年前、この2本の木も黒焦げの無残な姿を原子野にさらしていました。それでもクスノキはよみがえりました。被爆2世となるその苗は、平和を願う子どもたちの手で配られ、今、全国の学校やまちで、すくすくと育っています。時が経ち、世代が代わろうとも、たとえ逆風が吹き荒れようとも、私たちは核兵器のない未来を、決して諦めません。
被爆62周年の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にあたり、原子爆弾の犠牲になられた方々の御霊の平安をお祈りし、広島市とともに、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に力を尽くしていくことを宣言します。
2007年(平成19年)8月9日
長崎市長 田上富久
(長崎市のホームページより)
投稿者 teruhoriuchi : 2007年08月09日 23:39
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