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2007年03月30日
いよいよ県議・神戸市議選はじまる!
いよいよ県議・神戸市議選がはじまりました。私は、朝、西区の県議候補、市議候補の合同出陣式・第一声に参加し、訴え。その後、政策宣伝の車に乗って、中央区内で、政策とともに、県・市両候補への支持の訴え。夜は、兵庫区で、県議候補、市議候補とともに訴えました。
一期4年の県議経験のある西区の県議候補の訴えは、“お年寄りや若者の暮らし、子育ての願いを、議会で県知事にぶつける仕事を私にさせてください!”と、大変迫力のあるものでした。
また、新たに西区の市議候補となった方は、ながらく保育運動にたずさわってきました。神戸市の公立保育所廃止・民間移管をめぐって、西区・枝吉保育所で、保護者らが神戸市を相手に裁判に訴えるなか、保育の専門家、こどもたちの未来を託せる人を西区から議会へ送り出すことがどうしても必要です。
中央区での訴えでは、各所で、足を止め、聞いてくださり、激励が相次ぎました。とりわけ、テルペン化学工場跡地周辺での健康被害が広がった地域では、わざわざ高層住宅の上から下までおりてきて、激励を受けました。
最後の兵庫区の演説会では、県議候補の応援に、明石花火大会歩道橋事故の遺族・原告団長の下村誠治さんが駆けつけてくださり、「事故の直後から親身になってくれたのは、共産党議員だった」、「県議会での熱のこもった追及に、『ここまで言ってくれるのか』と思った」、「この議会での追及で出てきた資料が裁判闘争でも非常に力になった」、「共産党の議員がいなければ裁判も闘えなかったかも」など語ってくださり、党議席の値打ちを、私自身が感動をもって受け止めて、聞きました。
その後をうけた、市議候補も、「4年前、最初に議会に送っていただいたときに、直面したのが、兵庫運河で児童が転落死した問題」、「あの手この手で当局を追及し、住民のみなさんの署名運動も一緒になってがんばって、転落防止の柵をつくらせることができたが、はじめの当局の答弁が『景観が悪くなるから柵はつけない』というものだった」、「冷たい行政とたたかってきた。自民、公明、民主のオール与党は、この市政に何でも賛成。こんな市政は許せない」と続けば、県議候補も、「私は満州生まれ。戦争の悲惨さは嫌というほど親からも聞かされてきた」、「この選挙のさなかに憲法を変える手続き法案が緊迫する。暮らしの願いとともに平和の願いをどうか私に」など、気迫の訴えが続きました。
何としても、勝ち抜かなければなりません。
投稿者 teruhoriuchi : 2007年03月30日 23:07
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